聖父と聖子と聖霊との御名によりて。アーメン。
いとも尊き三位一体の天主、われ主の御名にむかいて礼拝を尽くし、感謝を捧げ、罪の赦しと主の御恵みとを求めんために、ここに謹みてミサ聖祭にあずかり奉る。願わくは、我らをして司祭と心を合わせて、救霊のいけにえを献げしめ給え。かつ主がわれらのためにカルワリオにて御血を流し、苦しみを受け給うを仰ぎ視しならば、われらの必ず起こしたらんが如き思いを、今ここに起さしめたまえ。
司祭祭壇に上り向かって右側で入祭文を読むときの祈
万物の創造主にまします天主、主を造られたる人々をあわれみ給え。
慈悲深き御父、子たるわれらの罪を赦し給え。
われらのために死し給いし救世主、御苦難の功徳をわれらにこうむらしめたまえ。
人を聖ならしめ給う聖霊、われらの心を潔(きよ)め、愛熱の火を燃えしめ給え。
栄光唱
(※黒色或は紫色の祭服を用いる時はこれを唱えない。)
天においては天主に栄あれ。地においては恵まれたる人々に平安あれ。主なる天主、天の王、全能の父、我ら主を称え主を崇め、主の御栄えの大いなるがために感謝し奉る。拝すべきイエズス・キリスト、御父の御独り子、万物の主、世の罪を除き給わんがため天主より遣わされし子羊、われらの祈を聞き容れ給え。御父の右に坐し給う御者われらをあわれみ給え
そはイエズス・キリスト、主は唯一の聖、唯一の主、唯一の至高者にして、聖霊と共に御父の御栄えのうちにましませばなり。
司祭右側で集禱文を唱え、書簡を読むときの祈
全能の天主、聖母マリアおよび今日祝う聖人の代禱を聞(きこ)しめして、司祭の求むる御恵みを施し給え。われら司祭と心を合わせてわれらのため、ならびにわれらに係わりある人々のために祈り奉る。願わくは、必要の御恵みをわれらに賜いて終わりなき命にいたらしめ給え。
われらの主キリストによりて願い奉る。アーメン。
慈悲深き天主、主は御身を知らざる人々のうちより我らを選びて御教(みおし)えを示し給いたれば、われらの心の底より喜びてこれを受け奉る。預言者および使徒の言葉をもつて伝えられたる御教えを護り、これを実行せんと欲す。こいねがわくは、われらをしていにしえの聖人の如く主に仕え、太祖の如く主を奉じ、預言者の如く主を知り、使徒の如く主を伝え、専ら主を愛して御跡(みあと)を慕わしめ給え。
司祭左側で福音を奉読するときの祈
主よ、今司祭の読みあぐるは、預言者および使徒の言葉にあらずして、イエズス・キリストの御言葉と御行いなることを信じ奉る。たとい種の御言葉なりと信ずるも、これに従わざれば何の益かあらん。また信仰あるも、愛と善業との勲(いさおし)なくば主の御裁きの前にいかでか罪を免る(まぬがる)べき。われらが仕業の御言葉に適(かな)わざりしを責め給うことなく、かえってわれらが信じるところを行う力をわれらに与え給え。
>使徒信教
奉献の祈
限りなく聖なる御父、全能にまします天主、われみずから御前に出ずる能(あた)わざるものなれども、救世主イエズス・キリストがこの聖祭を定め給いし時の御旨と、今われらのためにけにえとなりて、御みずからを献げ給える御旨とに従い、司祭の手をもってパンとぶどう酒との供物を献げ、主が万物の主宰者にましますことをたたえ、われらの罪を償い給わんことをこいねがい、主の賜物なる数々の御恵みを感謝し奉る。
またわれらは罪人にて救わるるに足らざれども、贖罪のいけにえとならせ給えるイエズスの御功徳によりて施し給う救霊の恵みを、われらのため、及びわれらの親族、恩人、友人、またわれらの敵のためにもこいねがい奉る。また公教会の為、教皇のため、本教区の司教、司祭、その他、すべてわれらがその権威に服すべき人々のため、および主を信ずる一切の人々のためにこの尊きいけにえを献げて祈り奉る。
願わくは死せる信者の霊魂をあわれみ、御子イエズスの御功徳によりて、かれらに終わりなき平安を与え給え。慈悲深き御父よ、わが国の上に御恵みを注ぎ給え。主を憎む者をも捨て給わざれ。主を知らざる者、主を信ずるもまことの教会に入らざる者およびすべての罪人を救霊の道へ導き給え。またわれらを憎みて害を加えんとする者にも、御恵みをもって報い給え。われらのかれらに赦す如く、われらの罪を赦し給え。アーメン。
司祭祭壇中央で序唱を唱える時の祈
救世主イエズス・キリストの来たり給もうべき時近ずけり。主願わくはわれらの心に聖霊を満たし、専ら主のことをのみ思わしめ給え。全能の御父、永遠の天主はいずれの時にても、いずれの拠(ところ)にても、賛美せらるべきかな。天主は主の御前に礼拝し、聖人は主を賛美す。今やわれらがつたなき声をもこれに合わせて賛美するを許し給わば、われら喜びに堪えずして歌わん。
聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の天主、主の御栄(みさかえ)えは天地に充ち満てり。(300日) いと高き拠(ところ)にいます御者は尊まれさ給え。主の御名によりて来たり給う御者は、祝せられさせ給え。
司祭典文を奉読する時の祈
あわれみ深き御父よ、今献げまつる供物を祝し、これをよみし給いて公教会を守り、教皇、司教およびすべての信者を恵み給わんことを御子キリストによりて願い奉る。わけてもここに集まれる人々、および目上、親族、恩人、友人を恵み、まわ我らに祈りを求る人々を顧み給え。われらの主イエズス・キリストの御母、終生童貞なる聖マリア、またその浄配(しょうはい)なる聖ヨゼフ、使徒、殉教者、聖人たちと心を合わせて、われらこの供物の、御旨に適うものとならんことを願い奉る。
パンとぶどう酒との献げものにえんしゆする時の祈
主よ、願わくはいにしのえ聖人が救世主を待ち望み奉りし熱心をわれらの心に充たし、その信仰と愛とをわれらにも燃えしめ給え。主イエズス・キリスト来たり給え。いとも妙(たえ)なる御業をなし給え。天主の小羊、罪の世をあがねる尊きいけにえは、今この祭壇に臨み給う、ああありがたき御慈しみなるかな。
聖変化
聖変化とは司祭の言葉によりパンとぶどう酒との形色(けいしょく)は残るが、その本体がイエズス・キリストの御体と御血に変化することであって、これにより主がいけにとして祭壇の上に来たり給うものであるから熱心に礼拝しなければならない。
